小嶋一浩氏の下で実績を積んだドバイの有名建築家 ワイル・アル・アワル氏「日本人建築家の強みは他者へのリスペクト」
Executive Dialogue Vol. 12 建築家 / waiwai共同創業者 ワイル・アル・アワル氏。Gates Dubai代表の永杉がUAE・日本の第一線で活躍するリーダーと対談し、ドバイをはじめとするUAEの実相に迫ります。

日本の建築家に憧れスペインから移住を決意

永杉:今回は、建築事務所waiwaiの共同創業者であり、建築家のワイル・アル・アワルさんにお話をうかがいます。ワイルさんは日本の建築事務所に勤務経験があるほか、waiwaiのもう一人の共同創業者が日本人であるなど、日本との関係が非常に深い方です。まずは、これまでの経歴を教えてください。
ワイル:私はレバノン生まれで、ベイルートにあるAmerican University of Beirutで建築を学びました。通常、大学の入学は17歳なのですが、私はレバノン内戦で国外へ避難していた時期があり、19歳でようやく入学できました。
卒業後はスペインに渡り、現地の建築事務所に就職。当時の私は、失った2年間を取り戻す勢いで腕を磨こうと意気込んでいたのですが、スペインはお国柄、かなり緩やかなペースで働く文化なんです。有名なシエスタだけでなく、2~3時間働いたら家に帰ってしまうというのが当たり前でした。
そうした釈然としない思いを抱えながら建築雑誌を読んでいると、隈研吾さん、伊東豊雄さん、磯崎新さんなど日本人建築家の素晴らしい仕事が目に止まりました。やがて、彼らのような人のもとで働きたいと思うようになり、大学時代の恩師に相談をしました。その教授は日本の東京大学を卒業したため、日本人建築家の友人が多く、すぐに何人か紹介してくれることになったのです。その顔ぶれは錚々たるもので、隈研吾さん、山本理顕さんなど、日本を代表する建築家ばかり。そして、その中の一人に、建築事務所シーラカンスアンドアソシエイツの創業メンバーである小嶋一浩さんがいたのです。

永杉:転職はどのような経緯で決まったのでしょうか。
ワイル:ありがたいことに、お会いした建築家たちは皆、私を採用したいと言ってくれました。2003年頃のことなのですが、当時は湾岸諸国、特にUAEやカタールの発展が目覚ましく、大規模な建築プロジェクトが次々と立ち上がっている時期でした。そのため、アラビア語が話せる私が重宝されたということもあったと思います。
そうしたオファーの中から、小嶋さんの事務所を選んだのには2つの理由があります。ひとつは恩師からの推薦です。「シーラカンスアンドアソシエイツは比較的小規模な事務所なので、より直接的かつ実践的に働ける」と言われました。そして、もうひとつの理由が非常に大きいのですが、当時小嶋さんは磯崎新さんと共同でアーガー・ハーン氏のプロジェクトに取り組んでいました。
アーガー・ハーン4世は、イスラム教イスマーイール派のイマームで、実業家でもある方です。残念ながら先日(2025年2月4日)亡くなりましたが、イスラム建築を支援する人物として知られ、アーガー・ハーン建築賞を創設するなど数々の功績がある方でした。当時、小嶋さんはアーガー・ハーン氏が主導する中央アジアの大学建築プロジェクトに携わっていました。私はこれに強く興味を持ち、シーラカンスアンドアソシエイツで働くことを決意したのです。
日本人建築家の強みは他者へのリスペクト

永杉:実際に日本で働いてみて、日本の建築家や建築文化にどのような印象を抱きましたか。
ワイル:日本の建築家は総じて、文化的背景を重視することが大きな特徴だと考えています。彼らはプロジェクトごとに念入りにリサーチを行い、その土地の歴史や風習、気候などを徹底的に理解したうえで設計に落とし込みます。これは相手に敬意を表する素晴らしい姿勢です。
一方、西洋の建築家の場合、現地を訪れることもなくオフィスで図面を引き、それをそのまま建ててしまうなんてことも珍しくありません。私はデザインを押し付けることが良い仕事だとは思っていません。
さらに拠点を拡大し、より国際的なチームへ
永杉:日本ではさまざまなご経験をされたと思いますが、独立のきっかけを教えてください。
ワイル:リーマンショックが大きな転機です。当時私は、ドバイやカタールなどのプロジェクトに並行して携わっており、特にドバイにおける案件は、総開発面積200万平方メートルという超巨大プロジェクトでした。ところが、リーマンショックの影響で全プロジェクトが完全にストップしてしまったのです。
その時、私は「プロジェクトが止まった今こそ、自分の事務所を開くチャンスかもしれない」と考えました。それで、ベイルートに戻って開業しようと思ったのですが、レバノンで建築事務所を立ち上げる場合、従業員の75%以上がローカルでなければならないという規則がありました。私は国際的なチームを作りたかったので、レバノンでの開業は見送り、ドバイでの開業を決意しました。
窓もない小さなオフィスから事業を始め、最初のプロジェクトはあるクライアントが母親のために作ったモスクでした。そこから少しずつ仕事が増え始め、今では9ヵ国の国際色豊かなスタッフが揃う事務所に成長しました。
永杉:東京にも事務所があるwaiwaiの共同創業者である山雄和真さんとの関係について教えてください。
ワイル:シーラカンスアンドアソシエイツの元同僚です。大変優れた建築家で、独立する際、ドバイに誘いました。しかし、彼は東京で働きたいと考えていたため、共同創業という形にして、私がドバイ事務所代表、彼が東京事務所代表となりました。

建築の本質とは、人々が集い、楽しむ場所を作ること
永杉:建築家として重要だと考える、ワイルさんのポリシーを教えてください。
ワイル:「文化的背景の重視」や「持続可能性」など、我々には幾つかの基本原則がありますが、特にここで一つ挙げるとしたら「コミュニティの重視」です。
例えば、私が最初に手掛けたモスクは誰もが気軽に入れるようにしてあるので、近所の子どもたちが勝手に中庭に入り込んで遊び回るそうです。イマームは時折うんざりすることもあるそうですが、私はそれを聞いてとてもうれしく思います。建築とは見た目の美しさではなく、人々がその空間に集い、楽しむことが本質だと考えています。
これは、私の設計に通底する理念で、例えばドバイのジャミール・アートセンターにも、無料の展示スペースや図書館などを設け、人々が気軽に集まれるようにしています。
永杉:これからも夢がますます広がっていくことと思いますが、最後に今後の事業展開について教えてください。
ワイル:我々はドバイ、東京に加えて、ニセコ分室も2019年に開設し、どのオフィスも順調に運営されています。今後はこの拠点をさらに広げていくことを考えており、すでに幾つかの候補に絞り込まれています。新しい拠点を作ることで、より多くの場所で建築を通じたコラボレーションができることが楽しみです。
永杉:イスラム建築、日本建築、そしてヨーロッパの建築も知るワイルさんが国際的に活躍されているのも、必然のように思えます。日本の建築の利点も取り入れたワイルさんの作品が、今後より広い地域で見られるようになることを期待します。本日はお忙しい中ありがとうございました。





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