【特集 前編】リスク管理の専門家が解説「緊迫の中東情勢。日系企業の決断とリアル」

外務省が発表している危険レベルが"3"(渡航中止勧告)となる中、日本へ退避させるべきか、留まって事業を継続するのか。現地の日系企業は今、非常に重い決断を迫られている。本記事では、グローバルリスク管理の専門機関「Control Risks」の片山氏に現地でインタビューを実施した。
※内容はインタビュー時の3月15日時点のもの

UAE在住者向け — 生活・安全・現地ビジネス

Q. 2月28日の米・イスラエルによるイラン攻撃以降、UAEも報復対象になっています。今のドバイの危険度をどのレベルと評価していますか。
A. 弊社によるドバイの危険度(3/15時点)は「Standby(不安定なリスクに直面しているため、避難計画を即時発動できるよう準備しておくべき状態)」であり、ドバイ滞在者には「Shelter in Place(自宅待機)」を推奨しています。UAEに対するドローン・弾道ミサイルの攻撃数は減少傾向にあるものの(下グラフ参照)、イランには相応のドローン備蓄と早期開発能力があると考えられるため、「Standby」の状態が長期化する可能性は高いです。

Q. 家族を日本に退避させるべきか迷っている駐在員が多いと思います。退避の判断基準について、アドバイスを聞かせてください。
A. 退避判断は、各企業の事業内容、事業規模、従業員数(ローカルスタッフへの対応含め)、リスク許容度、企業文化など、また事業の継続性や事業再開のストーリーなども念頭に入れたうえで慎重に下されるべき「経営判断」ですので、一概には申し上げられません。しかし、一つの指標として、外務省の海外安全ホームページの「危険情報・危険レベル」を参考にされている企業は依然多いように感じます。クライアントによっては、弊社提供の資料を退避判断基準としてご活用いただいております。
Q. 信頼できる情報源として何をフォローすべきか、また情報の真偽をどう見極めるべきかを教えてください。
A. 数多ある情報から真偽を見極めるのではなく(多層的に読み解く能力が求められます)、各社が拠り所とする「信頼できるソースのみ」を頼りに(SNSなどには惑わされない)判断することが重要です。ファクトのモニタリング先としては、例えば、WINEP、Brookings CMEP、NT、CNN、Emirates Policy Centerなどが挙げられますが、これらの事実をベースに「どう判断するか」については、前述の通りです。いずれにせよ、在中東企業でこれらを適時モニタリングする専担者は少ないと思いますので、その他のインテリジェンスも考慮したアドバイスができる「協力企業・パートナー企業」との対応が重要であると考えます。

Q. 退避ではなく「留まる」選択をした場合、日常生活で今すぐ取るべき具体的な安全対策はありますか。最悪の事態に備え、在住者が準備しておくべきことは?
A. まず、情報の把握と行動制限が基本となります。当局や外交使節団、そして弊社が発信する最新情報を常に確認してください。外出は最小限に留め、特に軍事施設、米国の関連施設(大使館・領事館など)、政府機関、重要なインフラ施設の周辺には近づかないようにしましょう。現在、長距離の移動や陸路での避難は推奨していません。極度の緊張状態による交通事故のリスクに加え、国境が予告なく閉鎖されたり、数時間に及ぶ渋滞が発生したりするなど、道路状況は極めて予測困難です。また、一部地域では落下物の報告もあり、移動そのものがリスクを高めることになります。
生活面では、一週間程度のサービスの中断を想定し、食料、水、医薬品、衛生用品に加え、充電器やモバイルバッテリーなどの日用品を十分に備蓄してください。また、会社や当局からの緊急連絡を確実に受け取れるよう、仕事用の携帯電話を常に通じるところに置き、通信手段を確保しておくことが不可欠です。航空便については、多くの航空会社が運航停止や空域回避を発表しているため、混乱が続くことを覚悟しておく必要があります。
情報の扱いには細心の注意を払ってください。SNSや一部のメディアでは憶測や事実の歪曲が見られるため、必ず裏付けの取れた情報に基づいて行動してください。公の場では中立的な振る舞いを心がけ、WhatsAppなどを含め、未確認の情報や個人的な見解をオンラインで共有することは避けましょう。

Q. 戦時下でも事業を継続する判断と、一時撤退する判断。この線引きをどこに置くべきか、見解をお聞かせください。
A. 先の回答に加え、各企業の事業継続計画の内容によって、境界線は規定されると思います。その場合、自社事業を中断させる発生事象(各種リスク)から重要業務を支えるうえで必要な経営資源(施設・設備、情報、人的資源、外部委託先・仕入先など)がどの程度の影響を受けるかという、「リソースの喪失」をベースに考えることが重要です。
なお、現在、企業間で議論が活発化しているのが、商取引の契約についてフォースマジュール(不可抗力)を発動するかどうかという点。物流の要衝であるホルムズ海峡が事実上封鎖され、石油タンカーなどが通過できない状況で、当事者の合理的な制御を超える外的要因により契約履行が難しい場合に適用される規定であり、事業者にとっては現実的な問題です。

Q. どのような状況になれば、日本人を現地に戻すことができるのでしょうか。
A. 「出口戦略を具体的に検討できる現状ではない」としながらも、検討するための条件を数項目、提示します。第一に、今の戦闘レベルが低下し、一定期間――例えば、3ヵ月以上落ち着きを見せるなどの継続がみられること。さらに、かなり先になると見込まれますが、各国政府や外務省などの危険度レベルの指標が改善することも条件になります。また、空港や港などのインフラが安定的に稼働し始めることも欠かせません。国際機関や他社の復帰動向が確認されることも必要です。
高騰している船舶保険が落ち着くことも必須です。現地では、ホルムズ海峡を渡る船舶に対して、電波妨害でGPSを妨害する攻撃などが仕掛けられており、こうした攻撃がなくなることも重要。こういった複数の条件整備が重なってはじめて、段階的な現地復帰を検討する土台が整うということです。

日本在住者向け — 経営判断・中東戦略

Q. 日系企業は欧米企業と比較して、地政学リスクへの組織的対応にどの程度差があると感じますか。
A. 正直に申し上げ、ノド元過ぎれば熱さを忘れる企業が相当数いらっしゃるという印象です。周りの日本企業が退避をはじめたから自社も退避する、外務省の危険度が○○に引き上げられたから退避する、という一面的な根拠で行動される企業もいらっしゃるようにお見受けします。他社依存ではなく、各社自らが自律的に判断して行動に移せる態勢と仕組みを、平時から確立・ブラッシュアップし続ける必要があります。
Q. 現地で新たに浮上している問題があればお聞かせください。
A. 事業者の現地法人では、日本人だけを退避させているという問題があります。例えば、ドバイでは、インド人などの国籍の従業員数百人をオフィスで働かせている一方で、日本人は数人にとどまっているケース。日本人はほぼ全員退避したが、現地に残っているインド人や他の国籍の従業員に対してはどう対応すべきかという問題が発生しています。「差別ではないか」という声も上がりかねず、事業者は苦慮しています。
Q. 日本本社の経営層に向けて、今この状況下で最も伝えたいことは何ですか。
A. 情報の非対称性からくる「本社と現地との間のリスクに対する温度差」を感じる企業は多いと思います。本社が退避指示の拠り所とする情報と、現地駐在員が目の当たりにする現地情報や実際の肌感覚とのギャップです。それを埋めるためには、共通の情報プラットフォームを用意し、同じ情報をベースに退避の是非について検討する必要があります。現地が有事に自律的に判断・行動するためにも、本社と共通の情報ベースや仕組みを日頃から確立しておく必要があることを、すべての経営層に改めてお伝えしたいです。
【特集 後編】中東最大手の日本食材卸企業・代表インタビュー、紛争から1ヵ月のドバイの街並み




Gates Dubaiの広告
ドバイでビジネスを拡大!
日本でもビジネスを周知
お問い合わせ



