【特集】日系企業の動向〜商工会議所・稲垣会頭、アブダビの動向〜サミット大久保氏インタビュー

有事が、平時になった街。ドバイ日系ビジネスの現在
イラン情勢下のドバイは、奇妙な二重構造のなかにある。街は機能し、スーパーには日本の食材が並び、日本人ビジネスマンも戻る気配を見せ始めた。だが、家族を呼び戻すには至らない。平時のようでいて平時ではない。この宙吊りの状況を日系ビジネスはどう受け止めているのか。「有事が平時となった街」の現在地をお届けする。



4月7日に米イラン間で発効した2週間の停戦は、期限切れを目前に延長協議が続いている。2月28日のイスラエル・米国によるイラン攻撃開始以降、UAE領内の米軍基地や民間施設にも被害が及び、日本の外務省は3月5日にUAE全土の危険度をレベル3(渡航中止勧告)へ引き上げた。この措置は4月22日現在も継続している。
もっとも、ドバイの街に立てば印象は別物。モールは家族連れで賑わい、ゴルフ場にも人影が戻った。ミサイル・ドローン攻撃の最中にリモート勤務へ切り替えていた日系企業のなかには、すでに出社再開を命じた企業もある。一時日本へ社員を退避させた企業が、駐在員をドバイへ戻す判断を下すケースも出てきた。警戒レベル3という公式の発表と、路上の日常風景。そのギャップのなかで、人々は「有事が平時」という奇妙な均衡を生きている。
ただし、これはあくまで本稿執筆時点──4月22日の風景に過ぎない。停戦の延長が不調に終われば、この原稿が読者の目に触れる頃には再び迎撃のアラートが鳴り響くかもしれない。ホルムズ海峡をめぐる綱引きも未解決のまま。中東のエネルギー動脈が細い糸一本で吊られている構図は、停戦前と本質的に変わっていない。
戻った日常の下には、依然として地政学的な断層が走っている。帰任の判断も、出社の号令も、正しさは時の経過次第。ドバイの現場は、その不確実性を引き受けたうえで、淡々と動き続けている。


誰が残り、誰を、どう戻すのか。JBC会頭・稲垣氏に聞く有事の判断
街は静かに平時に戻りつつあるように見える。しかし、予断を許さない状況に変わりはなく、駐在員を戻す判断は容易ではない。在UAE日系企業の拠点長の75%は、4月中旬時点で依然として避難先にいる。何をもって「戻せる」とするのか。ドバイ日本商工会議所(The Japanese Business Council in Dubai)会頭として、また三井物産中東・アフリカ総代表として二つの立場を担う稲垣氏に聞いた。

拠点長の75%が避難、様子見が大勢
Q. まず、ドバイ日本商工会議所(JBCドバイ)として、在UAE日系企業の避難状況を教えてください。
A. JBCでは、会員企業にアンケートを取っています。4月13日時点で、回答いただいた会員企業のうち、拠点長が避難しているのが75%、残留しているのが私を含めて25%程度です。残留しているケースでは、代表者のみがUAEに残り、それ以外のスタッフは避難を完了している、というのが一般的です。停戦になってから徐々に人員を戻してきている動きもありますが、まだ「様子を見よう」というのがマジョリティですね。
Q. JBCとして、避難・帰任のガイドラインを策定する予定はありますか。
A. 完璧なガイドラインは作れませんし、作るべきではないと考えています。各社それぞれに事情があり、責任の所在も各社にある。JBCとしてできるのは、アンケートでこういう事例が多い、などの情報を共有することと、個別の企業同士をおつなぎすることまでです。不透明な状況が続いている現状では、各社のご判断、責任でやっていただくしかないと考えています。
駐在員と現地採用スタッフの対応について

Q. ここからは三井物産中東・アフリカ代表としてのお立場でうかがいます。御社では、今回どのように避難判断をされたのですか。
A. 海外拠点に派遣されている駐在員については、会社として安全確保の責任があるため、一定の基準に基づいていますが、個別の事情に応じて対応しているのが実情です。会社として赴任させた人間ですから、会社として責任を持って避難させる、というのが大前提です。
Q. 現地採用スタッフについてはどう対応されましたか。
A. 現地採用スタッフについては、各人のバックグラウンドや生活基盤が異なることもあり、対応のあり方は一様ではありません。安全面への配慮を前提にしつつ、個々の事情を踏まえた柔軟な対応を取っています。
帰任判断の条件について

Q. どういう状況になれば、避難中の社員を戻せるとお考えですか。
A. 一部では帰任を進めている動きもありますが、依然として多くの社員が避難中にあり、今後の帰任については、停戦合意やホルムズ海峡の事実上の封鎖の解除など、地域情勢の動向や安全面の確実性など複数の要素を踏まえ、総合的に判断していく必要があると考えています。
Q. 日本政府の危険情報のレベル変更は帰国の条件にされていますか。
A. 特定の基準のみで一律に判断するのではなく、政府の情報も参考にしながら、安全面や各事務所の現地状況などを総合的に踏まえて判断しています。
業務ニーズで分かれる判断、5時間の時差

Q. 現地での業務ニーズのある方、ない方で温度差はありますか。
A. 業務の内容によって対応に違いはあると思います。例えば、パートナーと直接顔を合わせて進める必要がある業務については、現地での対応が求められる一方、これから進める新規案件については、リモートで進めているケースもあります。
Q. 日本とUAEで5時間の時差がある中で、業務の分担はうまく機能していますか。
A. 各部署でコアタイムを設定する運用にしています。だいたい3時間、例えば日本時間の午後2時~5時、UAE時間の午前9時~12時、この時間帯は全メンバーがつながれる状態にしておく、といったルールです。
BCPの課題と多様な人材への対応
Q. 今回の経験を踏まえて、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)を根本的に見直す必要があると感じた点はありますか。
A. 今回の経験を通じて、改めて人員の安全確保のあり方について考える機会になったと感じています。特に、現地採用スタッフへの対応については、各人の生活基盤や家族状況などが多様であることから、一律の方針を定型化するのが難しい側面があります。こうした課題は、特定の企業に限らず多くの日系企業に共通する論点だと思います。
Q. 仮にこの状況が半年、1年続いた場合の備えはされていますか。
A. 不確実性の高い状況を前提に、複数のケースを想定しながら事業継続に向けた検討を進めています。具体的な対応については、今後の情勢を見極めながら柔軟に検討していくことになると思います。
アブダビから見た有事。ホルムズ閉鎖と残留の選択

アブダビにはもともと約1,000人の日本人が暮らしていた。その中で航空関連従事者が約100~200人を占め、現在もその多くがアブダビに留まっている。アブダビに本社を構え事業を行っているサミットトレーディング・大久保代表取締役にアブダビの様子と日系企業の現状を語ってもらった。

アブダビの街の様子。ミサイルの光と日常の共存
ドバイでは空襲警報が鳴っても住民の多くはあまり気にしてはいないが、アブダビでは状況が異なる。米軍基地や石油施設が明確な攻撃目標となっており、開戦当初の2~3週間は特に激しかった。大久保氏自身、迎撃の様子を自宅やオフィスから10回以上目撃。花火のように飛んでいくミサイル、迎撃後の爆音、ショッピングモール付近への破片落下、米軍・イスラエル関係者住宅等へのドローン攻撃。そうした光景がアブダビでは日常の一部になっていた。

アブダビの経済にとって、不可欠な存在がエネルギー産業であり、最も大きな影響を与えているのがホルムズ海峡の閉鎖。いくら生産しても原油を国外に運び出せない。フジャイラへのパイプラインはあるものの、能力は限定的であり、しかもフジャイラ自体も攻撃を受けている。生産しても貯蔵タンクが満杯になってしまい、出口が確保できない状況が現実味を帯びる中で、生産停止の検討も現実的な選択肢として浮上してきている。
日系企業の退避判断「過剰反応」と「致し方なさ」の間

UAE在住の欧米駐在員からは、日系企業の退避判断は「過剰に慎重すぎる」との見方もある。しかし、アブダビの実情を見れば、ミサイル・ドローン攻撃は日常的に確認でき、石油関連施設や空港が直接的な標的になっている以上、致し方ない判断とも言えるだろう。アブダビの石油関連企業にとっては「危険」と「稼働が低下している」が同時に成立しているためだ。そのため、多くの日系駐在員が退避し、大久保氏によれば、「あくまで私見ですが、日系企業の駐在員の9割ほどが帰国している」とのこと。
一方、退避の副作用もある。外務省の危険情報レベルが下がらない限り、企業としては駐在員を戻す判断がしにくい。現地にいる人々は「比較的安全だ」と感じていても、東京本社が動かなければ帰任は実現しない。
アブダビの日本人会は月1回の情報交換会(日曜会)を開催し、イラン有事後は延期されていたが、ついに再開。現地参加者は岡庭大使はじめ約10人。MDクラスで残留を選んだ人々に限られ、ほとんどが日本からのオンラインでの参加となった。大久保氏は「停戦合意で一時的には平穏になりましたが、この先もどうなるかは誰もわかりません。依然として予断を許さない状況が続くだろうと出席者間で情報交換しました」と語った。
※以下は同号の特集に掲載した内容ですが、“オンライン特別版”としてロングバージョンでお届けしています。
【ドバイに残る者の解像度——DAFZ、停戦下の現場から<編集部コラム>】
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