「あなたの保険、戦争では使えません」──有事にこそ問われるUAE・ドバイの法人保険

中東情勢が緊迫する中、多くの日系企業が加入する火災保険では戦争リスクは「免責」──つまり補償対象外だ。有事にこそ法人保険の真価が問われる今、ドバイで唯一の日本語デスクを持つ国際保険ブローカー・Malakutに、戦争リスク保険の仕組みと日系企業が見落としている盲点を聞いた(取材内容は4月7日時点のもの)。

話し手:
アレクサンダー・ドルゴポロフ(Alex Dolgopolov) ── CEO
ベルント・マルテンス(Bernd Martens) ── コマーシャルディレクター
サジス・クマール(Sajith Kumar) ── チーフ・コマーシャル・オフィサー(中東担当)
安田壮吾(Sogo Yasuda) ── マネージングダイレクター/日本事業統括
有事で何が保険対象になるのか──3つのカテゴリ

──まず基本的なことからうかがいます。現在の中東情勢の下で、保険の対象となるものは何ですか。
ドルゴポロフ: 3つに分けて考えるとわかりやすいです。第1に、不動のアセット。ビル、倉庫、工場、店舗、在庫──これらはミサイルやドローン、あるいはその破片による被害に対して保険をかけることができます。ただし、通常の火災保険や財物保険では戦争は「免責」になっています。つまり、普通の保険では一切カバーされない。このギャップを埋めるのが「政治暴力保険(Political Violence Insurance/PVI)」です。
第2に、動産と輸送中の在庫。海上・航空・陸上輸送中の在庫がこれに当たります。ホルムズ海峡やペルシャ湾を通る船舶については、戦争リスク保険料が通常の3〜4倍に高騰しています。コストを理由に保険を購入しない船主もいれば、購入せざるを得ない船主もいます。航空機については、単独フライトへの保険料がやや上がった程度で、航空分野では今のところ大きな損害は出ていません。この「高リスク地域」を通過する在庫の輸送には、戦争リスクが確実にカバーされるよう、専門家の支援が必要です。
第3に、売掛金。例えば、製品を製造して小売業者に販売し、90日後に支払いを受ける。その間に取引先が資金繰り悪化で破産すれば、支払われません。COVID時にも、状況を口実に支払いを遅延・踏み倒すケースが多発しました。同様のリスクは今も存在します。これを補填するのが「取引信用保険」で、多くのクライアントがすでに購入しています。現時点では保険料は比較的安定していますが、今後デフォルトや倒産が増えるにつれて料率は上がるでしょう。

「火災保険に入っているから大丈夫」──危険な思い込み

──日系企業の方々は「うちは火災保険に入っているから有事でも大丈夫」と思っている方が多いのではないですか。
安田: それがまさに一番の問題です。有事が始まってから、私は日系企業の方々に何十通もメールを送りました。「皆さんの火災保険では戦争やテロはほぼ確実に免責になっているはずです。今すぐ契約内容を見直してください」と。ある駐在員の方は「保険がかかっていると思っていたのに、実はかかっていなかった」とおっしゃっていました。
マルテンス: 実は保険市場自体は何も変わっていないんです。火災保険に戦争免責が入っているのは昔からのことです。
クマール: 現在のミサイルやドローンによる被害に対応できるのは、「政治暴力保険(PVI)」、あるいは貨物輸送向けの「海上戦争保険」「陸上戦争保険」といった専門的な保険商品です。
──日系企業の保険に対する考え方は、海外企業と根本的に違うのでしょうか。
安田: 根本的な問題は、日本では保険が「後ろ向き」「受動的」なものとして位置づけられていることです。「掛け捨て」という言葉がすべてを物語っています。海外──とりわけ欧米の企業は全く違います。保険は「攻めの経営ツール」であり、「バランスシート・プロテクション」です。何に投資するか、研究開発に回すか、保険に回すか──事業計画の中に保険が当然のように組み込まれています。

──具体的にどういう違いが出ますか。
ドルゴポロフ: 典型的な例を出しましょう。船舶保険の戦争リスク料率が3%だとします。100億円の船に対して3億円の掛金です。欧米の企業はこう考えます。「3%で100億円の資産を守れるなら安い。この船を動かし続ければオペレーションも回るし、利益も出る。買おう」と。日本の企業はこう考えます。「3%はコストとして高いんじゃないか」。そこから議論が始まる。1ヵ月、3ヵ月と検討している間に保険料は上がり、機会は失われ、結局その船を動かすこと自体をやめてしまう。
マルテンス: ドイツの企業にも同じ話をしました。ウクライナ情勢が緊迫した時、クライアントに「ウクライナにアセットがあるなら今すぐ保険をかけるべきだ」と伝えました。彼らの答えは「何かあったらその時に対応するよ」。日本だけの問題ではありませんが、事前に行動するかどうかが分かれ目です。
保険設計の構造的な問題

──日系企業は保険のかけ方自体がおかしいという指摘もありますね。
ドルゴポロフ: これは戦争リスクに限った話ではありません。「バランスシートを守る」とは具体的にどういうことなのか。保険には「免責金額(deductible)」──つまり事故時の自己負担額があります。日本の企業はこの免責金額を極端に低く設定する傾向があります。個人の自動車保険で免責1万円というのは妥当でしょう。
しかし、年商数十億円の企業が、巨大な倉庫にかけている保険の免責も同じ水準というのはおかしい。なぜ問題かというと、免責を下げれば下げるほど、保険会社は掛金を引き上げるからです。免責を例えば100万円に上げれば、年間の保険料が2,000万円下がることもある。その浮いたコストを戦争リスクのような本当に必要な保険に振り向けた方がよほど合理的です。
──日系企業の多くは日本の本社経由で保険に加入しています。現地で入るメリットはあるのでしょうか。
安田: 多くの場合ありますが、問題もいくつかあります。第1に、現場対応力です。我々はドバイに拠点を構えています。何かあった時に現場にいて、損害を確認し、臨機応変に対応できる。日本の保険会社が東京から中東の損害を調査するのにどれだけ時間がかかるか。
第2に、中東リスクの一括拒否の問題。日本の保険会社に中東のリスクを持ちかけると、「中東は危険ですから」と一括りにして戦争リスクの引受を断られることがあります。結局「戦争リスクはかけられませんでした」で終わってしまう。
第3に、不要な補償と重大な穴の共存。日本の保険会社は免責を低くして掛金を引き上げる一方で、本当にカバーすべきリスク──戦争、テロ、政治暴力──は除外します。その結果、過剰に支払っている部分と補償が欠落している部分が同時に存在するのです。

──これは組織の問題にもつながりそうですね。
安田: 外資系企業では保険は財務部、つまりCFO直下の管轄です。投資に回すか、R&Dに回すか、保険に回すか──「金に色はない」という考え方で、リスクマネジメントが経営判断に直結しています。一方、日本の大企業の99%は総務部が保険の窓口です。CFOが判断するのではなく、帳簿を見て同じ条件で毎年更新しているだけ、というのが実態です。
──保険は毎年見直すべきなのでしょうか。
マルテンス: 当然です。ウクライナ、中東、台湾有事──地政学リスクに応じて保険は毎年見直すべきです。手厚く守るべき年もあれば、自己負担を増やせる年もある。それを「前年同条件」のハンコ一つで済ませている企業が多すぎます。
何がカバーされ、何がカバーされないのか
──状況が悪化すると保険料が高くなりすぎて入れなくなるのでは。
ドルゴポロフ: 戦争保険の料率はダイナミックで、毎日更新されます。見積もりの有効期間が48時間しかないことも多い。停戦があればレートは下がる。大きな事故があれば上がる。早い段階で加入した企業は比較的有利な料率で契約できました。その後料率は上昇し、現在は安定していますが、2ヵ月前と比べるとまだかなり高い水準です。

──現在の緊張下で、具体的に何がカバーされますか。
クマール: ポイントは2つあります。直接損害はカバーされます。PVIに加入していれば、ミサイル攻撃による物的損害は補償対象です。さらに適切なポリシー設計をすれば、物的損害に起因する休業損害もカバーできます。物的損害と休業損害の両方をカバーする設計が正しい保険のかけ方です。
一方、間接損害はカバーされません。港の閉鎖による入荷遅延、船舶の足止めによる生鮮品の劣化など、これらはミサイルの直撃ではなく状況に起因する間接的な損害であり、保険の対象外です。戦争による市場環境の悪化で売上が減少した場合も同様です。だからこそ適切な補償設計が極めて重要です。現在、市場では便乗販売や不適切な販売が横行しています。恐怖心から保険を買ったものの、実際の補償内容が不十分だった──ということを避けるためにも、専門のブローカーに相談すべきです。
日系企業の経営者が今すぐ確認すべきこと

──最後に、中東で事業を行う日系企業の経営者が今すぐ確認すべきことを教えてください。
マルテンス:現在の保険契約を「有事の目」で見直すこと。サプライチェーン、戦争リスク──今の環境下で何がカバーされ、何がカバーされていないのかを確認してください。そして、将来を見据えたリスク管理エクササイズを実施すること。CFO/CEOの視点で、自社のバランスシートを傷つけうるシナリオをシミュレーションすべきです。政治リスク保険では最長7年間のノンキャンセラブル(保険会社側から解約できない)契約が可能です。グローバルにアセットを持つ日系企業であれば、向こう7年間に世界のどこかで有事が起きないと言い切れる人はいないでしょう。
クマール:不動産アセットと輸送中の在庫のカバレッジを確認すること。通常の保険では戦争は免責です。人の安全を確認すること。駐在員の生命保険、医療保険、遺体搬送費が戦時下でも適用されるか確認してください。「カバーされているだろう」と思い込んでいて、実際に確認したらカバーされていなかった、というケースが非常に多いのです。日本語で相談できる専門ブローカーに話を聞くこと。保険は複雑なトピックであり、母国語でない英語で理解するのは困難です。日本の企業文化を理解した上でアドバイスを受けられることの価値は、こういう状況下でこそ際立ちます。




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