【特集】平常化したドバイ、戻らない観光客。大手旅行代理店・H.I.S.インタビュー

ドバイは戻った。だが、観光客は戻らない。地政学的緊張が落ち着き、街が平常運転に復帰した今、最も深い影響下に置かれているのは観光と、それに連なる飲食業界。次のハイシーズンまでの半年、現場は何を考え、どう動いてきたのか。旅行代理店、飲食関係者への取材から、両業界の現在地を報告する。

有事から3ヵ月。平常化したドバイの裏側で

平日のドバイモール。観光客の姿は減ったものの、地元住民や在住者で館内は賑わいを保っている

5月4日夜、ドバイ・アブダビ・シャルジャの住民の携帯電話に、4月8日の停戦以降初めてとなるミサイルアラートが配信された。イランから発射された複数の弾道ミサイル・巡航ミサイル・ドローンに対してUAE防空システムが応戦し、ドバイ市内でも迎撃の爆発音が確認された。

しかし、ドバイ市内で市民向けアラートが鳴ったのは、現時点ではこの5月4日の1回限り。一方で攻撃自体はその後もほぼ毎日のように続いており、フジャイラ州の石油関連施設やアブダビのインフラ、ホルムズ海峡周辺の船舶などが標的になっている。在留邦人の元には、日本国総領事館からの注意喚起メールが連日届く状況。それでも、ドバイ市内の生活は急速に平常化した。レストランやモールは通常営業、道路は渋滞し、住民は日常の業務に戻っている。攻撃が続いていることと、街が平静を保っていること—この二つが同時に成立しているのが、今のドバイの現実。

日系企業駐在員の戻りも進んでいる。肌感覚では2月の戦争勃発前の30〜40%程度。多くの企業はマネージングダイレクターやそれに次ぐポジションを中心に1〜2名を先行帰任させ、家族帯同や一般社員の本格復帰は様子見、という構図が目立つ。

ホルムズと観光、二つの未解決問題

5月13日付、外務省によるUAE危険情報の更新画面。レベル3継続の判断の下に、復旧・復興に寄与する企業・団体の活動を例外とする但し書きが加わった

軟化の動きは政府レベルでも見える。外務省は5月13日に危険情報を更新し、UAE全土の危険レベル3(渡航中止勧告)を継続しながらも、「アラブ首長国連邦の復旧・復興に寄与する企業・団体の取組等、真にやむを得ない事情がある場合には、同国へ渡航・滞在することを妨げません」とのただし書きを追記した。事実上、ビジネス目的の渡航・滞在に道筋がついた格好。5月初旬には赤澤亮正経済産業相がサウジアラビアとUAEを訪問し、原油の安定供給拡大などを要望。日本政府としても、両国との関係を能動的に動かしている。

ただし、街が落ち着いたからといって、観光の課題は何ら解消されていない。外務省の危険レベル3が継続する限り、日本から観光客が訪れる見込みは事実上ない。加えて、より深刻に進行しているのが、ホルムズ海峡を巡る経済的なタイムリミットだ。2月末の有事勃発から、すでに3ヵ月が経過している。海上輸送の不確実性は食料供給や日用品の調達コストにじわじわと反映され始めており、ドバイ市内のガソリン価格はすでに有事前から30%近く上昇している。生活必需品の物価上昇は時間差で広がる可能性が高く、ホルムズの状況が長期化すれば、駐在員の生活コストも、現地企業の事業コストも、今以上に圧迫される局面に入る。観光というドバイの大きな柱が揺らぐ一方で、足元の経済もまた、静かに圧力を増している。

この夏の観光需要回復は期待しがたく、業界が見据えるのは次のハイシーズン、今年の冬。しかしその回復すら、保証されていない。次ページからは、観光と飲食という二つの業界に焦点を絞り、現場で何が起きているのか、事業者たちは何を考え、どう動いてきたのかを深掘りしていく。

イラン情勢下、ドバイ観光への打撃。大手旅行代理店の現場から

熱気球ツアーは運航停止に。気球の飛翔域がミサイルの飛翔域に重なるため
ドバイ観光の表玄関を担う大手旅行代理店。地政学リスクが観光経済の中核にどう波及したのか、商品設計から航空会社の動向、現場のオペレーションまで――旅行産業の「ど真ん中」から見える景色を、エイチ・アイ・エス ドバイ支店の泉氏、津留崎氏に伺った。
多国籍スタッフが揃うH.I.S.ドバイ支店。日本人観光客の現地サポートを最前線で担う

「全キャンセル」が、現時点で6月30日まで継続

Q. イラン情勢緊迫化以降、日本からドバイ向けの旅行予約はどう推移していますか。

A.(津留崎氏)3月1日から全キャンセル状態が続いています。最新では、6月30日まで全キャンセルの設定です。一時的にミサイル発射が止まった時期も3週間ほどありましたが、その間も予約は戻りませんでした。

Q. 3週間のミサイル停止期間に「今なら行ける」と判断する勇敢な旅行者はいなかったのですか。

A.(泉氏)そもそも外務省の渡航レベルが「3」のままなので、その時点で日系の旅行会社はパッケージ商品を販売できないんです。

A.(津留崎氏)渡航レベルが「2」もしくは「1」まで下がらないと、航空券とホテルを組み合わせたパッケージ商品の販売は再開できない、というのが日系旅行各社の基本方針です。個人で航空券だけ手配して渡航することは可能ですが、皆さん渡航レベルを見て判断されているのが実情でしょうね。

「6月30日以降」の販売状況について

JBRビーチに集う観光客。比較的早く動き出す他国客層が、需要回復の最初の兆しとなる

Q. ホームページ上では7月以降の商品予約は可能になっているのでしょうか。

A.(泉氏)販売自体はしています。10月、11月以降の商品はもちろん、7月、8月の商品も並んではいます。ただし、申込件数は1〜2件レベルです。

Q. 仮に7月の旅行を予約された方がいて、出発時点で渡航レベルが「3」のままだった場合、どう処理されるのですか。

A.(泉氏)本社側がキャンセル期限を設定し、お客様に「この日までにキャンセルしてください、ツアー側で返金対応します」とご案内する形になります。お客様自身も、そのリスクを織り込んだ上でご予約いただく形です。

「最初の日」の現場対応とは

夜のブルジュ・ハリファに集う観光客。冬の本格シーズン到来までに、需要は戻るのか

Q. ミサイル発射の最初の日、現地のお客様への対応はどうされていたのですか。

A.(泉氏)滞在中のお客様がいらっしゃったので、緊急電話に問い合わせが入りました。「携帯に緊急アラートが届いているがどうすればいいか」「明日のオプショナルツアーは催行されるのか」といったご質問に、直接対応していました。

Q. オプショナルツアーは催行されたのですか。

A.(泉氏)熱気球ツアーは中止です。気球が飛ぶ空域がミサイルの飛翔域に重なるため、運航停止になりました。砂漠オフロードツアーは技術的には催行可能でしたが、お客様自身が「ホテルから出るのが怖い」とパニック状態で、結局取りやめました。夜中もミサイルが飛び交っていた時期です。

 ちょうど学生の卒業旅行と重なっていて、グループで来ていた方々もいました。「お金がないのですが、どうしたらいいですか」「ホテルの延泊代を払えるかわからない」というご相談もあって。親御さんに連絡して、クレジットカード決済をお願いするケースもありました。

Q. 全便キャンセルの間、延泊手配は御社がやられたのですか。

A.(泉氏)いえ、お客様個人での対応をお願いしました。航空券の発券元が日本の場合、現地支店では変更もキャンセル手続きもできない仕組みなのです。ホテルの延泊についても、旅行保険の適用範囲との兼ね合いがあり、私たちが間に入って支払ってしまうと、後から保険でカバーされる範囲が複雑になる。そのため、基本はお客様ご自身に対応いただき、ホテルのフロントで英語が伝わらない場合などのサポートに徹しました。

隠れた打撃。燃油サーチャージが上がる?

長距離便の燃油サーチャージは1.5〜2倍に高騰する見通し。ホルムズ海峡情勢が旅行コストを直撃する

Q. 5月以降、各社で燃油サーチャージが大幅に上がる見込みと聞きました。

A.(津留崎氏)長距離便だと、5〜6万円だったものが、その2倍近くになる可能性があるとの観測です。1.5倍から2倍は確実視されています。これはホルムズ海峡の影響としか考えられないですね。

Q. これは旅行者の行き先選択そのものを変える要因になりますね。

A.(津留崎氏)長距離旅行のハードルが大幅に上がります。ドバイに限らず、ヨーロッパもアメリカも影響を受ける。結果として、安全で近くて安い――韓国、台湾、シンガポール周辺に旅行者が流れる流れは加速すると思います。

「日本人観光客の戻り」は遅いと見られる

ブルジュハリファ前に集まる観光客。『冬の稼ぎ時』を控え、本格回復への道筋は依然見えない

Q. 日本人観光客の戻りは、他国比でどう見ていますか。

A.(津留崎氏)日本人は危険度に対して非常に慎重な国民だと思います。逆に他国は、ある程度安全と判断したらグループツアー・団体旅行を早めに始める傾向があります。夏の暑さも気にしない層、たとえば中国系の旅行者は、安いタイミングで動き始めるはずです。

A.(泉氏)実際、バルカン諸国――北マケドニア、セルビア、クロアチアあたりの旅行会社からは、「こういう状況だから、ホテル代も安くなるよね?」と早くも交渉が入っています。歴史的にもっと厳しい状況を経験している地域は、感覚が違うのかもしれません。

Q. 日本人の場合、外務省のレベル「2」への引き下げが事実上のスタートラインということでしょうか。

A.(津留崎氏)そうなります。本社的にも、渡航レベル2が一つの判断基準として明確に設定されています。私自身も、渡航レベルが2に下がったタイミングでドバイに戻る予定です。

商品設計は変わらず、「保険推奨」は強化

Q. 今回の事案を受けて、今後の商品設計に変化はありますか。

A.(津留崎氏)基本構成は変わらない見込みです。2泊3日、3泊4日のパッケージがベースで、それは今後も維持される予定です。安全レベルが下がり次第、ドバイ政府観光局の日本支社と連携しながら、プロモーションを動かせるよう準備しています。「いつでも動き出せる状態にしておく」というスタンスです。

Q. 保険の標準化やセット化は検討されていますか。

A.(津留崎氏)保険商品自体は日本側のオペレーションになりますが、「必ずご加入ください」という案内は、これまで以上に強く打ち出していくことになると思います。何かあった場合のリスクを織り込んだ商品設計が業界全体の前提になりつつあります。

ドバイ・ホテル業界の稼働率10〜20%という現実

静かなプライベートビーチと遠景のスカイライン。高級層の戻りこそが、本格回復の試金石となる

Q. ホテル業界の現状はどう見えていますか。

A.(津留崎氏)一部のホテルの稼働率は10〜20%との情報もあります。ロシア圏など気にしない層が戻ってきている分、多少は動いていると聞きますが、本格回復にはほど遠い状態です。

Q. 御社にも、ホテル側からのオファーが来ているのですか。

A.(泉氏)はい、メールベースで「この時期まで安くしている」「お客様を紹介してほしい」という連絡は来ます。ただ、私たちは基本的に日本のお客様向けに商品を組成しているので、現地在住者向けの単品宿泊販売はビジネスとして成立しにくい構造です。

Q. 一方で、ホテルの新規開業情報は入ってきていますか。

A.(泉氏)はい、新規オープン情報は普通に届いています。同時に閉業情報も来ますし、改装情報――バージュ・アル・アラブやJWマリオット・マーキスの一部改修などもありますが、プロセスは止まっていない印象です。

「6ヵ月以上長期化」で本格的に厳しい

ドバイ・マリーナを行き交うクルーズ船。観光ボートの稼働率も、地政学リスクの影響を免れない

Q. 仮にイラン情勢が3ヵ月、6ヵ月とさらに長期化した場合、ドバイの観光産業はどうなるとお考えですか。

A.(津留崎氏)夏場は元々ドバイの観光閑散期なので、業界全体としても9月頃までの売上は半ば諦めている空気があります。問題はその先で、6ヵ月以上影響が長引くと、本格的に厳しい局面になります。旅行業界にとって、冬は「稼ぐべき時期」なので、ここを失うインパクトは大きいですね。

Q. ドバイ旅行を検討している日本の読者に向けて、現場のプロとして率直なメッセージをお願いします。

A.(泉氏)正直に申し上げて、「今すぐ来てください」とは言えない状況です。ただ、ドバイという街自体は安全な街で、素晴らしいホテルもたくさんあります。情勢が落ち着いたら、ぜひ一度訪れていただきたい場所であることに変わりはありません。

A.(津留崎氏)長期的に見れば、ドバイは観光業に力を入れ続ける都市です。観光局も予算をしっかりつけてプロモーションを続けていますし、地下鉄延伸、クリーク地区のさらなる発展など、都市としての進化は止まっていません。一度ドバイを訪れた方も、数年後にはまた違う顔のドバイを楽しんでいただける都市だと確信しています。情勢が落ち着いたタイミングで、ぜひ改めて検討していただきたい。

※以下は同号の特集に掲載した内容ですが、“オンライン特別版”としてロングバージョンでお届けしています。
【ホルムズ封鎖からリミットの3ヵ月、ドバイ食料物流はどう動いているのか?サミット代表インタビュー<編集部コラム>】

【中東情勢下、ドバイ観光への打撃 ―― 飲食現場からの証言・植田氏インタビュー<編集部コラム>】

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