中東情勢下、ドバイ観光への打撃 ―― 飲食現場からの証言・植田氏インタビュー<編集部コラム>

2026年2月末に始まった中東情勢の緊迫は、ドバイの観光・飲食業界を直撃した。売上7〜8割減、相次ぐキャンセル、そして「無給か、50%カットか」という究極の選択——。本誌Vol. 26特集では誌面の都合上、その一部しかお伝えできなかったが、今回は<編集部コラム>として、日本人飲食店マネージャー・植田氏へのインタビュー完全版をお届けする。そこで語られたのは、単なる売上減の話ではない。声を上げられない外国人労働者の現実——危機が炙り出した、ドバイ労働市場の構造そのものである(Gates Dubai編集長・武田)。

ドバイの飲食業界に何が起きたのか

Q. 2026年3月以降、ドバイの飲食店現場では何が起きていたのでしょうか。
A. 一言で言えば「山のてっぺんから落ちる」ような急落でした。2月の段階ではラマダン前のシーズン需要もあり、12月・1月よりむしろ売上は良好でした。お店もリピーターが定着しはじめ、近隣レジデンスの認知も広がっていた手応えがあった。それが3月に入っていた予約はすべてキャンセル。来店ゼロの日や、客数2名という日も発生しました。
Q. 売上の落ち込みは具体的にどの程度ですか。
A. ピーク時(12月・1月)と比較して、3月は70〜80%減です。4月に入って若干の戻りはあり、対3月比で15〜20%程度回復しましたが、それでも12月・1月の水準には半分も届いていません。壊滅的という表現以外に適切な言葉が見つかりません。
Q. キャンセルはどのように発生したのでしょうか。
A. 各国大使館から「不要不急の外出を控えるように」という通達が頻繁に出ました。当日予約のお客様も、ミサイルアラートを受けてキャンセルされる。一度ミサイルが止まり「終戦か」という空気が流れた瞬間もありましたが、状況がそうではないとわかった瞬間から、一気に客足が引きました。
「ターゲットになる」という噂が街を変えた

Q. 立地によって影響に差はありましたか。
A. 明確にありました。イラン情勢開始後、「次のターゲットはダウンタウンの象徴的建造物になる」という噂が市中で流れました。実際にドローンもその周辺まで飛来していた状況です。結果、ダウンタウンから出ていく人が一時的に大幅に増え、メインストリートですら閑散としていました。今は戻ってきていますが、観光客が戻ったというより、ドバイ在住者が日常を取り戻しつつあるという感覚です。
Q. 経営側からはどのような対応案が示されたのですか。
A. 危機発生から約3週間後、緊急ミーティングが開かれました。提示された案は2つ。1つは1〜2ヵ月の店舗一時クローズと、その間の全員無給。もう1つは営業継続を前提に、選抜したメンバーは「2ヵ月無給」、残ったメンバーは「50%カット」というものでした。
Q. UAEの労働法上、雇用主が一方的に無給化や給与カットを命じることはできないはずです。
A. その通りです。法律上は、従業員側に明確な落ち度がある場合を除き、雇用主が一方的に給与を減額・停止することはできない。ただし「雇用主と従業員の合意」があれば、ほぼ可能になってしまうという抜け穴がある。つまり書類にサインするかしないかという問題に帰結するのです。私はその案を聞いた時点で、即答を避けました。
Q. その時点で、経営側の主張に違和感を覚えたと。
A. 違和感どころではありませんでした。実は危機発生直後の最初のミーティングでは、オーナーから「会社のファイナンスは来年頭まで、いや1年は持つ。心配しなくていい」と明言されていたんです。それが3週間後には180度方針が転換した。全員が衝撃を受けました。最初からそういう方針なら、希望的観測を持たせるべきではなかった。安心させられた分、落差のショックが大きかった。
法的に「おかしい」と気づいてから

Q. その後、植田さんは会社に対して異議申し立てをされたとうかがいました。
A. 提示の翌週、改めて契約書と労働法を確認した上で、「給与カットも無給化も法的根拠がない。今回のような外部要因は本来この条項に該当しないはずだ」と判断しました。そこで「会社が提示した条件を承諾しない」という書面を作成し、全スタッフに事情を説明した上で、賛同するメンバーの署名を集め、経営側に提出しました。
Q. 他業界でも同様の動きがあったと聞いています。
A. 3月初旬の時点で、大手ホスピタリティグループでは大量解雇が発生し、残った人員も「30%カット・無期限・最長6ヵ月無給」といった条件を提示されたと聞いています。聞こえてきた話はどれも厳しい内容で、業界全体で同じ流れが「容認される空気」になってしまった。私はそこに違和感がありました。
Q. 日本人スタッフでも厳しい状況です。他の国籍のスタッフは。
A. 劣悪な状況に置かれている可能性が高いです。日本人は法的知識を持つ人もおり、SNSやコミュニティで情報共有もある。ですが、他国のスタッフは、会社に言われたら従うしかないと考える人が大半。「立場を主張すれば職を失う」という恐怖の方が、法律より強い。
食材コスト・物流の悪化の影響とは

Q. ホルムズ海峡の緊張は、現場の食材調達にどう影響していますか。
A. 食材費は2〜3割ベースで上昇しています。輸入業者の方々も努力されていますが、構造的な値上がりは避けられない。コンテナの入荷自体が極端に減っているという話も聞いており、ガソリン代・物価全般の高騰と合わせて、コスト構造が完全に崩れた状態です。客数が戻らず、原価が上がり、人件費も払えない。三重苦です。
Q. 観光需要はいつ頃戻ると見ていますか。
A. 私は年内の本格回復は厳しいと考えています。これには理由が2つあります。1つは季節要因。これから夏に向かい、観光オフシーズンに入る。年末ハイシーズンまで本格的な需要は戻りません。もう1つはより深刻で、「ドバイは安全」というイメージそのものが毀損されたという問題です。仮にポジティブなニュースが出ても、それが大衆認知レベルで浸透するまで、少なくとも2ヵ月以上はかかるでしょう。ホルムズ海峡の状況が改善しない限り、観光客は戻りにくいと思います。
Q. 富裕層向け高単価のレストランへの影響はどうでしょうか。
A. 私はかつてその分野のレストランで働いていました。今回の事案で、富裕層も明らかにドバイから足が遠のいています。あれだけ世界中で展開されている著名店ですら相当苦しいと聞きます。富裕層向けモデルを真似して参入した店舗が乱立していた中で、淘汰は避けられない。一度、業界が再編される可能性が高いです。
Q. ただ、撤退する店舗側もまた厳しい状況に置かれていると聞きます。
A. その通りです。事業を畳もうにもスタッフへの最終支払いすら捻出できない店舗が出てきている。本来であれば労働局に申し立てれば会社の銀行口座が一時凍結され、未払い分は支払われる仕組みになっていますが、現実的に支払われるかはわかりません。
ネガティブマーケットだからこそチャンスも

Q. この状況下で、新規参入を考える事業者へのアドバイスはありますか。
A. 視点を変えれば、店舗取得のチャンスではあります。ファイナンスが行き詰まった店舗を売却したい事業者が増えており、提示額より大幅に下がった条件で交渉できるケースが出てきています。特に「居抜き」物件は注目しています。ただし、1〜2ヵ月後に情勢が好転する前提での話です。
Q. 日本の飲食事業者がドバイ進出を検討する際の注意点は。
A. 率直に申し上げて、「日本人による、日本人のための日本食店」というモデルは厳しいと思います。在ドバイの日本人人口は約3,400〜3,700人、今回の事案でおそらく1,000人台前半まで減っているはずです。母数として絶対数が小さすぎます。そして、ドバイの飲食市場は、「日本でうまくいった店がそのままうまくいく」場所ではない。需要と供給のミスマッチを読み解くのが極めて難しい市場。日本人の感覚での「良いもの」が、こちらでは評価されないケースが多々あります。日本のスピード感や予定通り進む前提も、ドバイでは通用しません。準備資金は日本の2〜3倍のスピードで減ると考えておいたほうがいいですね。
Q. 植田さんご自身の今後のご予定は。
A. 現時点では明確には決まっていません。今回の経験を通じて、飲食業に勤めるすべての人にとって、これが他人事ではない構造的課題だと痛感しました。情報を持つこと、声を上げることが、自分と仲間を守る最低限の手段だと、改めて認識しています。




Gates Dubaiの広告
ドバイでビジネスを拡大!
日本でもビジネスを周知
お問い合わせ



